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2024/10/07 02:41 |
安楽死 3

総理官邸内、他の区画から通路一つ隔てた密室で、国家公安委員長から口頭で報告を受けた総理大臣、浅尾正は全身から脂汗をたらし始めた。

 

「それは本当かね・・・?委員長」
「まだ確証は取れていませんが総理、パーセンテージで言うなら80以上だと考えています」
「バカな・・・それが本当だとして、一体何人の協力者が必要になると思ってるんだ?非現実的過ぎる!」
浅尾は、そばにあった漆黒のデスクをドンと殴る。デスクの上の電話機が踊り、受話器が外れてチンと鳴った。
「公安の調査では、おそらく10万人単位の協力者が存在すると見ています」
「全く有り得ん!それよりも、システム自体への介入を疑うべきだ!」
浅尾の前で直立不動でいる公安委員長に、浅尾は顔面を寄せて口泡を飛ばす。唾のつぶが公安委員長の顔全体に飛び散るが、微動だにせず言葉を継ぐ。
「システムおよびその関係者はすでに背後関係も含めてチェックしました。全員シロとみていいでしょう。
あと外部から操作し得るのは、投票そのものしかありません」
「よし、もしそうだとしてだ・・・本当は、『滅びるべき』が過半数を超えていたというのが納得できん!
しかも2回目以降、増加傾向にあるだと!?それが工作によって覆されていた、だと!?
もしそれが日本への工作なら、むしろ結果は逆だろう!?」
浅尾は目を剥き、委員長にくってかかる。唾が委員長の顔面に再度飛び散る。
委員長は初めて胸ポケットからハンケチを取り出し、額を軽くぬぐうと総理の疑問に答え始める。
「その点については今も公安で分析中ですが・・・推測の話をしてもよろしいですか?」
「かまわん、言ってくれ」
「少なくとも今、日本が自滅をすると困る勢力であるのは間違いないでしょう。
資金源はアメリカか中国か・・・いずれも、日本とは密接な関係にあり、日本の消滅により多大な影響を蒙る国々です。
なんにせよ、対象となるのがあまりに膨大な人数ですので、現状の予算内では綿密な調査がほぼ不可能です。現在は、被疑グループの内でキーパーソンとおぼしき人物に絞って尾行等の調査を行っております」
浅尾は片手を机に置き、指でコツコツと鳴らし続ける。思考をめぐらせる時の彼のクセだ。
「・・・この件については、絶対に外部に漏洩しないように配慮したまえ。
調査は進めてもよろしい。予算も配分するように手回ししておく。但し・・・」
そこで浅尾は、言葉を切ってまた指で机を鳴らし始めた。先ほどよりも早いテンポだ。
「但し・・・どういたしましょう?」
「・・・うん、その組織らしき背景を突き止めるだけでいい。摘発などはせずに」
「わかりました。以上でよろしいですか?」
「ご苦労さま。次の報告を待っているよ」
公安委員長は一礼をするときびすを返し、重々しい木製のドアを潜り抜けて廊下へと姿を消した。
それを見送った浅尾は、重厚な皮張りの回転椅子を引き、そこに体を沈める。
意識は、黙考の海をどこまでも深く潜り始めた。

 

国家安楽死法案が国会にて可決されたのは、殆ど冗談のような奇跡である。
前の政権である我孫子内閣がレイムダックとなったのをきっかけに、2大政党の民自党・主民党から大量の若手議員達が離脱し、新たに国民党を結成した。「生きる力を国民に」をスローガンに掲げた若い政党はマスコミの援護射撃もあり、両党のそれを凌ぐ国民の期待を集めた。
なによりも大きかったのが、民自の大物保守派議員、浅尾と主民の元幹事長が国民党に合流したことだった。国民党が政権を取り得ると判断した公正党がこれに付和雷同、国民党は衆院での議席数の実に2/3を確保してしまった。

 

国家安楽死法案が提出された時、公正党は与党でありながら徹底抗戦の構えを見せた。が、国民党初代総理大臣となった浅尾はここでウルトラCを繰り出す。失われる公正党の票を、野党である社会党で補ったのである。
社会党党首と浅尾の間でどのような密約が交わされたかは今だに誰も知らない。ただ会合の席で「あんた、日本と心中する覚悟はないんかい」という浅尾の咆哮が廊下にまで響いたという逸話がまことしやかに語られるのみだ。
社会党の票、それに公正党の造反組の票を若干加え、国家安楽死法案は賛成多数で可決された。「国民が生きる意志を失ったら即座に自滅する」という前代未聞の法案が、国民の総意により通ってしまった瞬間だった。

 

それから第1回目の安楽死投票の結果が出るまでは、日本は一種の躁状態となった。
メディアでは投票結果の予測が盛んに喧伝され、株価はそれを受けて暴騰と暴落のビッグウェイブを繰り返す。自殺や犯罪の急増が社会問題となり、家庭用核シェルターと銘打ったドラム缶を買ってきて庭に埋めている父親の姿をちらほらと見かけるようになった。
にも関わらず、音楽売上げチャートの一位はやはりラブソングであり、パチンコ屋は変わらず大繁盛し、人々は明日の楽を夢見ながら今日の仕事をこなし、夜になると布団に潜ってはせっせと夜の営みを行う。テレビのスイッチをひねるとコメンテータが早口でまくしたてている「安楽死投票の予測」が、まるでSF映画の一場面であり自分には関係ないと思い込もうとしているように。

 

浅尾内閣の支持率は急落した。
投票1ヶ月前にしてようやっと事の重大さに気づいた人々は、口々に浅尾を罵り始めた。が、浅尾の国会での答弁がふるっていて「皆さん、死にたくないと思うなら反対票を投じればよろしい。あなたの一票があなたの生死に直結しているわけで、これ程真摯な投票は歴史上でもそう行われていませんよ」とそらとぼけたものである。
日本はもうダメなのか、まだ大丈夫なのか。
みんな死にたいのか。死にたくないのか。
老若男女を問わず、互いが何を考えているのか、この社会をどう思っているのかが気にかかり、安楽死投票でどちらに投じるのか、投じるべきなのかを語り合う。死の存在を身近に感じられなかった今までと違い、条件付きでの人生のリミットが目の前に突如出現してからは、人々は急いて言葉を交わし始めた。
投票結果が出るまでに何をするべきか、まだやり残したことはなかったか。やり残してもいいやと思えることと、これだけは残せないということを慎重に分類し、それが人々の行動の指針となった。誰もが渋々認めざるを得ないことに、死への緩慢な傾斜は生を程よく刺激する。だがそれが国民党と浅尾の功績であるとは、誰もが絶対に認めはしないが。

 

そして投票が行われ、日本は半年、命を永らえた。
第1回に限って言うなら、良きにしろ悪しきにしろ、それが国民の総意であったわけだ。

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2006/11/15 23:08 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択

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