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2024/07/09 08:04 |
安楽死 1

自国の核ミサイルが常に自分の頭上を狙っている状況を想像してみる。

 

例えば朝起きる。
オレは寝ぼけ眼をこすりながら食卓に座り、新聞を広げて目を通すと先日、半年ぶりに行われた国民安楽死投票の結果が載っている。
投票結果は「まだ滅びるほどではない」が60%でトップだ。「もう滅びるべき」は18%と、日本に絶望している層は1/5程度だとわかる。オレはとりあえずまだ生きていられることに安堵し、箸を味噌汁につける。
しかし、「わからない」が5%というのはどういうことか。自分の命運を決められない、誰か決めてくれということなのか。

新聞には、この結果を踏まえて政府が、最近上昇傾向にある失業対策の抜本的改正に乗り出す、とある。政策の失敗が即、国家の破滅に繋がるから政府も必死だ。
国会では野党が、ミサイル管理の改正を求めて吼えている。現在は投票システムがミサイル管制に直結しており、自滅の結果が出て24時間後にはミサイルの雨が日本全土に降り注ぐのだが「機械のトラブルで誤射する恐れを減らすため、猶予時間を48時間に伸ばすべき」だという。ならいっそ、1年後にしてはどうか。そしてまたグダグダになった世論に押されてシステムを解体するがいい。
そうなったら、本当に日本はおしまいだな。
オレは苦笑いをし、新聞をたたむ。

 

車に乗り、職場まで続く渋滞の列に我が身を押し込む。
道すがら車窓の向こうに立ち並ぶ看板は、国家安楽死法案が成立する前よりいっそう刹那であり、見るほどに気が滅入ってくる。
いわく、「知らない明日より確実な今日のため。 ●●キャッシング」やら、いわく「40歳までの割安保険!」やら「将来の給与を保証金に!年利50%のスーパー投資信託」とか。
訪れるか否か誰にも判らない未来を担保に、ギャンブルをしているようなものだ。
横に並ぶ車のドライバーが、それらの看板を無表情に眺めている。おそらく法案成立前も、そういう風に無表情のまま過ぎ行く看板を眺めていたのだろう。人は、本当に危機が目前にあると自覚できなければ変わりはしない。もし自滅が決定しても、ミサイルが視認できるほど目前に迫るまで彼はそのまま、無表情で街を眺めているのだろうか。

 

駐車場に車を止め、会社のテナントがあるビルの正面玄関に足を運ぶと、そこには何やらの署名活動を行っている団体がいた。高々と掲げた黄色い旗には「9条死守」「安楽死法案廃止」という文面がゴチックで力強く描かれている。
同じく黄色のウィンドブレイカーを羽織った小太りの中年女性が、拡声器を口にあてて「子供たちの明日を守る9条を堅持し、私たちみんなを殺す安楽死法案を廃案に持ち込みましょう!」と周囲に叫んでいる。
オレたちを殺すのは法案ではなく、生きる力を失ったオレたち自身であるわけだが。

背後から「署名をお願いしまーす」という間延びした若い女性の声がしたのでその方を向くと、髪をシャギーに、短くまとめた10代前後の面長の少女がオレに署名板を差し出して微笑みかけていた。頬のえくぼがかわいらしい。彼女も同じく、黄色のウィンドブレイカーを羽織っている。
「署名をお願いしまーす」
少女はもう一度、オレにそう言い手に持つ板をずいとオレに突き出す。
オレが会社へ出勤している以上、今日は休日ではないはずだ。この少女は今の時間、学校へ行っていないとならないはずだが、一体どうしてこんな場所で署名活動を行っているのか。そもそも、この署名活動の意味が本当にわかっているのか。こういう団体にこういうかわいい少女がいるのは妙に不釣合いだが、親がここにいるのか。一人なのか。何歳なのか。今日はのっぴきならない仕事があっただろうか。なければ少女とちょっと話を。
瞬時、そのように考えたオレだが、

「いや、間に合ってる」

わけのわからない返事を残し、オレはその場をついと離れてビルの中へと姿を消した。
少女は多分あとで「こういう妙な男がいた」と仲間内で笑うことだろう。クソったれ。

 

胸の高さほどのパーティションが整然と並ぶオフィスに足を踏み入れ、オレは自分の席を目指す。
壁にかかったホワイトボードには「マスターアップまで○○日!」という文面が大きく書かれ、その下には各パートの進捗状況と残務が簡潔に記されている。ボードの端には「無防備マン」という何かの漫画のキャラクターが赤い旗を振っているラクガキがある。
ここはとあるソフトハウスの開発室だ。各パーティションはそれぞれが、席の主の城である。どれ一つとして同じレイアウトのパーティションはない。ある場所はパソコンの周囲が書類とCDで埋め尽くされ、またある場所はそれがキャッチャーのぬいぐるみで埋め尽くされている。ヤマハの巨大なキーボードが無造作にパーティションの壁に立てかけられてたり、またあるいはコーヒーメーカーがデスクに鎮座している所もある。
オレの机も御多分に漏れず、ファイルの山とCDの山と音楽機材の山に囲まれた盆地にパソコンが配置された、雑然とした状況にある。かろうじて書類立てで書き物をする領域を確保しているのが、他のヤツと一線と画していると自負しているが誰も認めてくれない。

隣の席のヤツも出社したようだ。重いかばんを床に落としたような、どすんという音がした。オレはパーティションの壁から首だけ出し、挨拶をする。
「おはよう」
「おう、入り口にかわいいコがいたな?」
こちらを向いた長髪の男が、目を輝かせながらオレにそう言う。痩せぎすの体に黒のタンクトップと黒の皮パンをあつらえ、つやのある黒いストレートヘアを肩まで伸ばしたこの男は有能なプログラマで名は啓次、見た目はモテそうだが20代半ばだというのにロリコンで彼女いない歴20数年、パーティションの壁にはミニスカやら半裸やらあるいは全裸のアニメキャラの絵をこれでもかというくらいに貼り付けている。「主食は少女」と言って憚らないパブリックエネミー全開なヤツだが、幸いにしてまだ事件は起こしていない。あるいは世間に知られていないだけなのか。
「いたねえ。あれ、学校行かんでいいんかいな」
「休みとってんじゃないの?多分親もいっしょだろ、親が『親戚の不幸で』とか言ってさ」
「子供をダシに使う団体は、どうもうさんくせえんだよなあ」
「オレは嬉しいけどね。仕事終わるまでまだあそこにいないかな」
そう言って、啓次はフヒヒと笑う。とことん見た目と中身がかけ離れたヤツだ。

 

仕事の合間にオレは、2ちゃんねるを見に行く。
目的の板は「ニュー速+」、国内外のニュースについての議論が活発に行われている場所だ。
そこでは早速、今日のニュースである「国民安楽死投票の結果」について議論が行われていた。

 

 187 名前:名無しさん@十三周年 :2012/11/14(火) 10:19:51 ID:Od3d7lCBm
   昨日、もう人生オワタと思って有給使ってサラ金に100万借りてカジノいってきた。
   結局ミサイル飛ばなかったがオレだけ人生終了しました。かーちゃん今までありがとう。

 188 名前:名無しさん@十三周年 :2012/11/14(火) 10:22:52 ID:1VorPaWX0
   まだ生きていられるわけだから、がんばって金返せ、もしくは終了しとけ
   それより、5%の「わからない」って連中は一体なにwwwwwww
 189 名前:名無しさん@十三周年 :2012/11/14(火) 10:27:44 ID:pf7gn5urO
   >>188
   自分が生きてるのかどうかも判らない連中じゃね?

 190 名前:名無しさん@十三周年 :2012/11/14(火) 10:29:51 ID:Od3d7lCBm
   >>187
   IDがICBM

 

・・・まあ、誰もが思うだろうことを言っている。

安楽死投票はこれで3回目になるが、毎回結果の出る数日前あたりから、こういう自暴自棄な連中が出てくる。最初の投票結果が出る前日などは、旅客機の国際線はみな全て満席でいっそつり革をつけようかという所まで出る始末、銀行やサラ金は押し寄せた客にたまりかねて店を閉め、暴動を警戒して街には警察や自衛隊が立ち並んだのだがそれに火炎瓶を投げつけ射殺される奴やら全裸でファックしながら東京タワーから飛び降りたホモのカップル、満員の山手線をトレインジャックしようとして乗客に踏み殺される鉄道オタクや手当たり次第に獣姦するペットショップ店員、宝石店に武装主婦団が押し入ったりソープをやり逃げしようとして飛び出し呼び込みにボコボコにされる大学生、高速道路は200km/hオーバーの速度で暴走する車が行き交いのべつまくなし激しい衝突音が轟き、隣近所にしょうゆを借りに行って撃ち殺される中年やら幼稚園児の群れを通園バスで追い回す運転手やら、犬やら猫やら毛沢東やらともうそれは大騒動になった。

 

が、結果まだミサイルは発射されないことが判明すると、人々は途端にしおらしくなった。

 

戻ってきた国際線からは、神妙な、バツの悪そうな面持ちの乗客がぞろぞろと出てきて、銀行やサラ金は返金やら解約の客の群れにたまりかねてもう3日間店を閉め、あたるを幸い誰彼かまわず抱きしめておいおい泣く警官や、ホモカップルは大声で歌いながらホテルに入り、鉄道オタクはホームの端でおとなしく電車の写真を撮影し、ペットショップ店員はペットのトリミングに精を出し、宝石店には匿名の宅配便で宝石の入った袋が送られてきたが数えてみるといくつかなかったり、大学生がソープランドを訴えたり、高速道路はあっという間に通勤ラッシュで渋滞し、隣近所にしょうゆを借りに行って人妻に誘惑される中年やら幼稚園児たちを笑顔で出迎える通園バスの運転手やら、犬やら猫やら毛沢東やらといつもの生活が徐々に戻った。

 

2回目の投票の際も騒動が起きたが、初回のと比べればいくぶんにも抑制された状況で、むしろ人々はそういう、騒動を起こす連中をよそ目になるべくいつもと変わらない生活をしようと努力しているように見受けられた。
実際のところ、投票結果がどう出るかは誰にもわからない。また誰もが、まだみんな死にたいとは思っていないという初回の結果に、一種の連帯感のようなものを感じ始めているような感じもある。
誰にも言っていないがオレは初回から一貫して、「滅びるべき」に投票している。が、最近はそれが誤っているかもしれない、まだこの国は、やり直せるのかもしれないとも思い始めている。

 

オレはひとつため息をつき、ブラウザを閉じた。

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2006/11/15 00:54 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択

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