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2024/10/07 02:41 |
安楽死 2

「んじゃ会議はじめっぞー」

 

昼休憩が終わり、終了のチャイムの代わりに部長の第一声が室内に響く。
パーティションの群れのあちこちから、それぞれ何かを小脇にかかえてのろのろと立ち上がるチーフたちの姿が見えた。
オレや啓次も進捗表を手に、のたのたと会議室に向かう。

 

会議室では、現在遅れ気味のプロジェクトについて部長がうんうんと唸るのをみんな黙って拝聴するのが恒例の行事となっている。
今日も部長は、オレが関わっているプロジェクトの遅れについてうんうん唸り始めた。
「高橋、システムの構築はいつくらいで終わる予定だ?」
高橋と呼ばれた啓次は、ボールペンを指の先でくるくると回しながら気楽そうに答える。
「そうっすね・・・正規のMAPデータさえもらえたら、それぶち込んですぐテストに入れるんすけど・・・」
両足をぴったりとつけ、背筋を伸ばして啓次の向かいに座っていた、オブジェクト配置担当の女が微かに眉を寄せる。丸顔でややぽっちゃり、ウルフヘアに黒ぶちの眼鏡をかけた彼女はこのところ、帰宅もせず狂ったようにMAP作成に取り組んでいるのをオレは知っている。目の下のクマが痛々しい。
「吉井。MAP完成まであとどのくらいだ?」
彼女の方に視線を飛ばし、容赦なく尋問を始める部長。吉井と呼ばれた彼女は、連日の徹夜でハイになっているのか、うわずった声で答える。
「あと2週間もあれば、全部完成します」
「そうか・・・マスターがあと2ヶ月だから、今のうちからテストに入らないとまずい。確実に1つずつつくり、できたものはすぐ高橋に回せ。できた部分からテストだ」
「はい」
「サウンドはまあまあか・・・2日遅れならまだ挽回できるな?グラフィックは・・・」
部長はそう言うと、卓上の全体スケジュール表に目を落として再びうんうん唸りはじめた。分かっている、一番問題の、パブイラストについて、だ。
顔を上げた部長は、
「・・・益田は今日もいないのか?」
と、会議室の全員の表情をなめ回すように見つつ言う。
益田は原画担当だ。売れ線の絵が描けるヤツで、ユーザーから相当の人気がある。本人自身はそれらを別段気にもかけないまじめな奴で、そこが好感を持てるのだが先日、めずらしくモデリング担当と言い争いをしてからというもの、連絡なしに会社を休むようになった。
ゲーム中でプレイヤーが実際に操作するキャラクターのモデリングデザインが益田の原画とかけ離れているのを彼が注意し、モデリング担当も彼の原画から立体を起こす難しさを説明したのだが「でも似てないと意味ないだろ」の益田の一言で担当が切れ、「ピカソみたいなパースの絵はポリゴンじゃ再現できねえから!」と怒鳴ってしまった。益田はまじめなだけにそれをまともに受け止めてしまい、以来よく会社を無断欠勤するようになってしまったのだ。
「今日も来てないですね」
モデリング担当の男がさらりと言いのける。
「ヴ~~~~~~~~~」
部長が喉から搾り出すような唸り声を上げる。

マスターから1ヵ月後にはプレスを終え、ゲームが店頭に並ぶ。ゲームのパッケージはともかく、その店頭に飾る宣伝用のポスターやパンフレットは、遅くとも発売1ヶ月前には印刷を終えて配布しないとならない。また雑誌での露出用イラストはそれよりももっと早く仕上げて出版社に送らないとならない。
つまり、雑誌用イラストの締め切りが5日後に迫っている状況なのだがイラストはまだ線1本たりとも描かれていなかった。
「今日で日本が終わるからもういいや、とか思ってたとか・・・」
啓次がなぐさめにすらならない冗談を言う。いや、あながち冗談でもない。実際それで発売が遅れたソフトメーカーもある。安楽死法案の功罪を語るなら、功よりも罪のほうが多いかもしれない。生活をする、という意味においては。
「長屋、お前益田の家を知ってるな?会議のあとでちょっと様子みてこい」
オレは部長に名を呼ばれ、はいと短く答えた。内心、本屋で本を漁りたかったのでちょうどいいとほくそ笑む。

 

それから30分ばかり部長の、経年により円熟味すら感じられる浪曲のような唸り声を拝聴した後、オレは社を後にして益田の家に向かった。先ほどの署名団体はすでにビルの前から姿を消していた。啓次が残念がることだろう。

益田の家はごみごみとした下町の裏道に面している。
乗用車がなんとかすれ違うことができる程度の細い街路の両脇には、古びた平屋や古びた店舗が立ち並ぶ。コンビニやビデオ屋などの現代文明の粋は2ブロック離れた表通りにあり、そこの喧騒はここまで届かない。この道沿いにあるこじゃれた美容院の、白壁の垢抜け具合だけが周囲のレトロな空気とかけ離れていて、ここを通るたびにいつ潰れるだろうかと他人事ながら気にかかるのだが、1年前の開店から今まで続いているのは意外と流行っているのだろうか。

なんだか懐かしい空気もある裏道をしばらく歩き、オレは2階建ての益田の自宅の前に立つ。
益田は実家に両親と共に住んでいる。「一人暮らしは金がかかるから」らしいが、趣味に金が使えなくなるからが直接の理由だろう。
オレが木製のドアの脇にある呼び鈴を押すと、屋内に軽い「ピポーン」という呼び出し音が響くのが聞こえた。そして益田の名を呼ぼうとして思いとどまる。小学生じゃあるまいし、声に出して「益田くーん」などと呼ぶまでもない。
そのまま数秒待つが、反応がない。もう一度、今度はゆっくりと呼び鈴を押し込み、離す。
ピン(早く)、ポーン(出ろよ)。
先ほどよりも意思を込められた呼び出し音が屋内に響くと、ほどなく奥からドスドスという足音が近づいてきてドアの手前で止まる。
「どなた?」
低く太い男の声。益田の声だ。が、違ってたらイヤなので丁寧な口調で喋る。
「すいません、長屋と申します」
カチンと錠の外れる音がして、ドアが細めに、すっと開いた。そこには、突然の来訪者を訝しむ目つきの益田が、黄色いパジャマ姿で立っていた。
「なんだよ・・・長屋、なんかあったのか?」
「部長に言われたんだよ。お前最近出てきてないから見て来いって」
「ああ・・・まあ、上がるか?」
ドアが大きく開かれ、オレは中へ招かれる。益田は頭をボリボリ掻きながら、オレにドアを閉めるのを任せて勝手に奥へ戻っていった。後ろ手でドアに錠をかけ、オレもその後に続く。

 

「なんかなあ・・・やる気出ないんだよな」
数分後、オレは2階の益田の自室にいて、折りたたみの椅子に腰掛けながら益田の話を聞いていた。
益田の部屋はさすがデザイナーというか、全ての壁面が本棚になっており、棚は本やら資料やら画材やらDVDやらで埋め尽くされている。本棚の城壁に囲まれた室内には、ベッドと大き目の机とトレース台とTVとちゃぶ台が詰め込まれている。
益田はかなり太めの男だ。2ちゃんでいうところの「ピザ」にあたる。短く刈り上げた頭髪に細いスクエアの眼鏡、大き目の唇、そして二重顎。タトゥに興味があり、会社でよくその手の雑誌を読んでいるが、全身にタトゥをすると両親が容赦しそうにないので今はへその下にワンポイントを入れることで我慢している。座ると腹部のぜい肉に隠れてしまうので見つかりにくいとか。
益田はその巨体を仰向けにベッドに転がし、ため息をついている。
「パブイラスト、締め切りが5日後なの覚えてるだろ?」
「しらねえ~~~~」
「知らんじゃないやろ。どうすんだよお前?」
「わかんねえ~~~~~」
ベッドの上を右に左にと転がる益田。水族館でトドのショーを見るような気持ちだ。ただこのトドはオレと少なからぬ利害関係にあるトドだが。調教師よろしくムチを鳴らしたいところだ。
調教師の殺気でも感じたのか、益田は転がりまわるのを止め、面倒そうに机の上を指差した。
「お?」
オレは身を乗り出し、机の上を覗き込む。そこには、大判の紙面いっぱいに、はちきれそうな笑顔をふりまく女の子の線画が置いてあった。背景のレイヤー分の線画も全て出来上がっていた。
オレは線画を汚さないため、手にはせず触らずにそのまま眺める。
「おおおおお?いいじゃんこれ?」
「ダメなんだよ~~~~~スカートのまくれ具合がノッてないんだよ~~~~~」
「いやいいって!チラッと見えてる感じがいいじゃん!」
「見えすぎだよ~~~~~萌えないんだよ~~~~~」
必死に、しかし半分本気で褒めるオレの言葉がくすぐったいのか、益田は再びベッド上をゴロゴロと転がり始める。あの言い合いの後、益田はふてくされながらも自分の仕事はきっちりと済ませようと、自宅で集中して描いたのだろう。以前みたイラストのラフ画よりも数段見栄えのする仕上がりだと思う。

「ここまで出来てんなら、〆には絶対間に合うな・・・
彩色には3日前には渡すんだぞ。部長にはそう言っとくぞ?」
オレは椅子から立ち上がり、ベッドの上のトドに言う。
「いや~~~~~これじゃあダメだろ~~~~~」
耳まで赤く染め、わき腹をぼりぼり掻きながらうつ伏せで唸るトド。仕事ができているのを確認した今は、この痴態すらかわいく見えてくるから不思議だ。

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2006/11/15 09:56 | Comments(0) | TrackBack() | 未選択

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